千葉での葬儀です。「仏滅の日」は、故人が成仏できない日?

仏滅の日の葬儀は故人が成仏できないのかと。

単語のイメージから、そんな思いを抱くのも無理はありません。

しかし真意は真逆のところにあります。

結論から言えば、仏が滅したからといって、葬儀を終えても故人が成仏できないということはありません。

仏滅には間違った解釈がいくつかあり、縁起を担ぐ人々が正しい解釈をせずに忌み嫌ってしまったという流れがあります。

仏滅は中国伝来の六曜に端を発していますが、それには次のような真意が秘されています。

1つは仏滅とは世を忍ぶ仮の教えが終わって、これからは本当の教えを説くという教え。

2つめは仏の境涯は人心の中にあるという教えです。

むずかしい話になりましたが、仏滅や成仏は例え話であって、ほんとうの成仏は1人1人の心の内にある仏の境地を開くことにあると説きます。

仏滅は仮の教えを卒業した瞬間を言い表した言葉で、縁起が悪いわけではありません。

このような法話は、千葉でも度々聞くことができます。

故人は亡くなる前の生前から仏の境地に達していた可能性さえあるのです。

仏滅の正しい意味については、葬儀でお世話になる千葉のご住職からでも聞くことができます。

宗門宗派によって解釈は多少異なりますが、大筋での解釈は上記のようなものです。

縁起が悪いどころか、仏滅や成仏は、人間として最高位の境地に達した瞬間を表した単語でもあります。

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