仏滅の日の葬儀は故人が成仏できないのかと。

単語のイメージから、そんな思いを抱くのも無理はありません。

しかし真意は真逆のところにあります。

結論から言えば、仏が滅したからといって、葬儀を終えても故人が成仏できないということはありません。

仏滅には間違った解釈がいくつかあり、縁起を担ぐ人々が正しい解釈をせずに忌み嫌ってしまったという流れがあります。

仏滅は中国伝来の六曜に端を発していますが、それには次のような真意が秘されています。

1つは仏滅とは世を忍ぶ仮の教えが終わって、これからは本当の教えを説くという教え。

2つめは仏の境涯は人心の中にあるという教えです。

むずかしい話になりましたが、仏滅や成仏は例え話であって、ほんとうの成仏は1人1人の心の内にある仏の境地を開くことにあると説きます。

仏滅は仮の教えを卒業した瞬間を言い表した言葉で、縁起が悪いわけではありません。

このような法話は、千葉でも度々聞くことができます。

故人は亡くなる前の生前から仏の境地に達していた可能性さえあるのです。

仏滅の正しい意味については、葬儀でお世話になる千葉のご住職からでも聞くことができます。

宗門宗派によって解釈は多少異なりますが、大筋での解釈は上記のようなものです。

縁起が悪いどころか、仏滅や成仏は、人間として最高位の境地に達した瞬間を表した単語でもあります。

仏滅の日の葬儀は格安になるというのは、千葉に限った話ではありません。

仏滅は縁起の悪い日との解釈ばかりではないので、割引話に一考の余地はあります。

日本では昔から縁起を担いでしまうような習慣があります。

仏滅とか友引というのはカレンダーにも載っていますが、単語のニュアンスからすると、避けて通りたいような日です。

実際にこの日に葬儀を行なってもどうということはありませんが、葬儀をするのにわざわざ仏滅の日を選ぶ人はいないでしょう。

そのようなことから、千葉でも仏滅や友引の日の葬儀場は開店休業の状態。

割引をしてでもこの日を選んでもらいたいという思惑が葬儀社にはあります。

仏滅には「仮の姿の仏が滅して、民衆を目覚めさせる」という別の意味があります。

仏がいなくなる縁起の悪い日ではありません。

そこで千葉の葬儀社のほうからそのような提案があるなら、一度、ご遺族の間で話し合ってみてはいかがでしょうか。

仮に仏滅であっても、誰に危害が及ぶというわけではありません。

むしろ気にすべきは友引のほうで、会葬に来た友人が連れて行かれてしまうなら避けるべきです。

仏滅も友引も、中国の六曜占星術からくる占いの1つです。

仏滅には仏教における別の意味が後に加わり、不吉なものではなくなりました。

その一方で友引は、友を道連れにするという解釈が残っています。

どちらかといえば友引のほうを避け、仏滅については選択肢として残すべきです。