千葉での葬儀に限らず、日本人なら誰でも仏滅という単語を知り、一様に敬遠してしまいます。

こだわりだけでは説明のつかない日本人のDNAなのかも知れません。

少し遠い時代からの話になりますが、鎌倉時代までの時期は国内において合戦があちらこちらで繰り広げられ、それによって人心を1つにまとめることが不可能な乱世になってしまいました。

その乱れを収めるために力をもったのが宗教で、仏滅だとか友引といった言葉も、民を諫めるために利用されてきた一面があります。

そういう過去からのDNAが日本人に組み込まれているのかも知れません。

実際に日本人はカレンダーにある仏滅や友引といった活字には敏感に反応し、若い人でも仏滅の日の葬儀というと首をかしげます。

実際には占いの域を出ない単語が、大人から子どもの世代にまで擦り込まれているなど不思議なことです。

仏滅や友引の正しい解釈を云々するのは大事なことですが、それ以上に大事なことは葬儀に集まる人、ご遺族や親族のお気持ちはどうかということです。

実際には単なる占いや言い伝えであっても、人々のこだわりがそこにあって避けたい日取りであるなら、それに従うのも賢明な収め方です。